昨今、多様性が叫ばれているのは確かだが、日本の協会の場合、基本的に会員は日本人オンリーであることが多い。
それが良いとか悪いとかではない。
協会側だって、べつに「外国人お断り」のスタンスをとっているわけではない。
外国人の人だって会員になってくれるなら、みなさんもウェルカムだろう。
日本人であろうと外国人であろうと、大切な会員であるのは同じだ。
ただ実際には、国際交流を推進するような協会でもないかぎり、外国人がぶらっと入ってくる協会はあまりない。
外国人に来てほしくてPRをがんばっている協会もあまりない。
協会の「公用語」も日本語だ。
外国人の目でみると、おそらくそもそも、日本の協会を知る機会があまりないだろう。
知ったとしても、入ろうとはしまい。
入りたくないとか、入れてもらえないとかではなく、単に入る意味を感じないだろう。
結果、多くの協会は日本人オンリーとなる。
繰り返すが、それが良いとか悪いとかではない。
大切なのは、
「日本の協会はだいたい日本人社会である」
これを意識しておくことだ。
日本の協会が日本人社会であるなら、わたしたちは
- 日本人社会
- それを構成する日本人
について理解を深める必要があるだろう。
もちろん、わたしたち自身が日本人だし、わたしたちの多くは日本人社会の中で育ってきたから、日本人のことは当然、
それなりによくわかっている。
ただ
「自分のことをもっとも知らないのは自分自身だ」
とよく言われるのも確か。
日本人のことをもっとも知らないのは日本人だ、というのも1つの真実だ。
さらに、「協会運営に活かす」という視点で日本人および日本人社会を理解しようとすれば、まだまだ奥が深い。
これに関しては、念押ししておきたいことがある。
それは、
「協会のリーダーであるあなたは、おそらく典型的な日本人ではない」
ということだ。
おおかたの人は、口ではイチローさんみたいになりたいとか坂本龍馬みたいな人物がいいと言いながら、結局は公務員になる、的な行動をする。
おおかたは、枠のなかにとどまる。
これに対し、あなたはそうではない。
協会をみずから立ち上げるという「茨(いばら)の道」を歩くことを、あなたは面白がっている。
面白がらないと、こんなことはできない。
それをしているあなたは、日本人としては少数派だ。
子どものころ、ガキ大将またはおてんばだったか、孤独な秀才だったか、あるいは苛められていたのではないだろうか。
あなたは典型的な日本人ではない。
したがって、典型的な日本人のことを、じつはあまり分かっていない可能性がある。
つまり、こうだ。
協会を立ち上げた(立ち上げる)あなたは日本人としてはマイナーだ。
しかし協会の会員になる人たちは、ここでいう「典型的な日本人」が多い。
協会をうまく回すためにも、この二重構造を、つねに意識しておこう。